踊れることへの感謝


インパテーション溢れる時間

前回記事と前後してしまいますが、レナード・ジョーンズ師のカンファレンスへ行く前…午前中の賛美礼拝の模様を書きたいと思います。賛美礼拝の写真は英一先生よりいただきました。ありがとうございます!

160619_103908

玲子ちゃんの賛美クスで賛美の時間が始まりました!

160619_103815

玲子ちゃん元気いっぱい!みなさんも笑顔で楽しそうです。

賛美クス後はワーシップソングを歌っていきます。主の存在を感じて涙が止まらなくなりました。

160619_110727

マルセ先生の預言的賛美の歌。

賛美礼拝

からの~マルセ先生より「京子ちゃん踊ってくだい。」というメッセージ。そう言われたら、それは踊るとき…踊りを捧げるときなのだなと思う。この時すでに、涙で顔がすごいことになっていましたが、涙を拭きながら踊り始める。

心の葛藤

正直、自分の中で踊りやすい曲と踊りずらい曲というのがあります。ノレる曲とノレない曲というのでしょうか。踊ってと言われなくても、曲を聴いているだけで体がうずうずしてきて踊りたくなる曲もありますが、曲を聴いていても踊る感覚にならないというか、これをどう表現したらいいの?って思うくらい踊りずらい曲もあります。

そんなこと思わずに、どんなことも感じて自分の踊りにしていけるのがいいのかな?とも思ったりしますが、人間やはり好みというものもあるので多少は仕方ないのかなと思う。同じクリスチャンでダンサーの方と話す機会があったので、そんな葛藤を話してみたら、やはり踊りって音楽にすごく左右される…というところで意見が合いました。

賛美礼拝

ダンスを振られて踊らなければならない…となったときに、すんなり入れる時もあれば、どう体で表現したらいいか一瞬戸惑うときもあります。踊ることは全く抵抗はありませんが、この曲でどう踊ったら?と一瞬躊躇するという感じなのです。これって、人間の頭…肉的な視点で考えてしまっているからなのかな?と思ってみたり。

今井京子

それでも、身体を動かし始めればいろいろ吹き飛んで、踊ることに没頭してしまいます。いろいろ関係なくなっています。そうなると、肉的なところから霊的なところに入ってきているのかな?と後で思ってみたり。

踊って賛美する機会を与えてくださることに感謝です。

熱いメッセージ

全力で賛美の後は、マルセ先生がパワフルに詩編149章から賛美の重要さをメッセージされていきました。

詩編149章3節「踊りをもって、御名を賛美せよ。タンバリンと竪琴をかなでて、主にほめ歌を歌え。」

私は、踊りの賜物をいただいているようです。先日、ゲヤス先生とマサ先生がお越しになったときに、この賜物で「スーパーナチュラルな(超自然的な)栄光を解き放つところまで行く。そのためには、主、つくり主と出会い、啓示を受けるとき。」という預言をいただきました。この与えられた賜物に感謝し、それを余すことなく活かし、その栄光はすべて主に帰すと宣言します。

ふきちゃん

ラストに、ふきちゃんが出席した聖会の報告をしてくれました。まっすぐで聡明で、若さ弾けるふきちゃん。本当に素晴らしいです。

この日も充実した時間に感謝です。

 

 

玲子ちゃんゲスト出演のイベント

「マルセまゆみ先生の愛娘、いくみちゃんが幼なじみの双子、選子ちゃん、愛実ちゃんと組んでるバンド「EIMS」企画プロデュースのラィブに、愛さんとゲスト出演させていただきます!!」 by 玲子ちゃん

エイムスフライヤー画像

詳しくはこちら→2016年7月10日(日)「EIMS」ライブ

 

 

B.B Wonderlandブログ

玲子ちゃんの→佐伯玲子のブログ

クリエーター、リコちゃん先生の→RICOのブログ